<櫻の科学>寄稿 千鳥ヶ淵の桜 ~千代田区さくらサポーター10年~

はじめに

千鳥ヶ淵の風景

 千鳥ヶ淵というと、春が巡り来るたびに千鳥ヶ淵緑道の桜風景がNHKで放映されるので、千鳥ヶ淵の桜は緑道しかないと思われている。しかし、千鳥ヶ淵には、第二次世界大戦戦没者が祭られている千鳥ヶ淵墓苑や八重紅しだれがきれいな千鳥ヶ淵公園もあって、これらが知られていないのが残念だ。
 そもそも千鳥ヶ淵緑道を訪れる人で、千鳥ヶ淵が千鳥の形をした淵から名づけられたこと、千鳥が飛ぶような地形は、今や高速道路により分断されていることを知る人は少ないだろう。千鳥ヶ淵緑道は、その桜が戦後植えられたことなどは全く知られていない。それどころか千鳥ヶ淵が江戸時代から続く桜の名所だと勘違いしている人もいる。その美しい風景を守るためにどれだけ多くの人と時間、それにかる経費や住民の取り組みがなされてきたかなどは、まったく知られていないだろう。そこで、千鳥ヶ淵の桜の歴史とそれを守るために活動している人々の取り組みついて述べる。

千鳥ヶ淵緑道の歴史

 千鳥ヶ淵の桜が植えられたのは、昭和30年代の事である。千代田区職員として、当時植樹した経験のある職員や桜再生計画を現場で支えたに元職員などに、その当時について取材した。
 戦後の日本に娯楽の少なかった頃、千代田区が区民の管理水辺として千鳥ヶ淵を借りてボート乗り場を作ったのが始まりだ。ボート乗り場が人気になるにつれて、殺風景に気付いた千代田区長村瀬清氏の命令で桜は植えられた。
 植樹した元区役所職員新堀氏の話によれば、道具も少なかった頃、一本一本を手で土手に植樹するには苦労した。その当時は、桜の苗木も種類がなく、染井吉野しか手に入らなかったから、千鳥ヶ淵には染井吉野の風景が作られた。 その後、昭和40年に千代田区内の都電が廃止され、道路事情も変化した。昭和50年に千鳥ヶ淵のガーデンロード計画ができ、千鳥ヶ淵緑道の整備が始まった。
 昭和59年には千代田区の花を桜、区の木を松、区の鳥を白鳥と決めた。やがて千鳥ヶ淵や代官町通り、靖国通りなどの桜が、ビルの高層化に伴い環境が悪化して、区の桜全体に手入れの必要な時期がきた。本格的な桜の再生計画がなされたのは平成16年で、道路公園課の新規事業として、行政から区民、学術研究者などとともに協議が開かれ、「区の花さくら再生計画」が始まってからだ。「区の花さくら再生計画」の冊子には、区の花さくら再生計画の理念が「千代田区にふさわしい、そして日本を代表するさくら景観を創造し、持続する」と書かれている。今まさに区と民間が一体となって実行している。
 桜の維持管理を継続するためには、継続的な経費を要する。その為、千代田区さくらファンドを立ち上げ、さくら基金を設定している。当初5000万円の基金を5か年計画で使う計画を立てた。その他に桜祭りの頃、さくら基金として寄付を募り、幅広く関心を高めてもらえるようにした。毎年桜祭りの時期は、区役所の道路公園課の職員が、テントを張って寄付金を呼びかけている。それに応じる人が多く、高額な寄付金が集まっていることからも、さくら再生計画の情報が浸透している表れだろう。

さくらサポーター活動

 千代田区では「区の花さくら再生計画」に協賛する企業や個人のさくらサポーターを募り、多くの人に桜への関心を持ってもらえるよう仕組みを整えた。これは会員制とし、年会費を集め、桜の保存や維持管理の関わっていただき、会報誌などで情報を共有するものだ。
 千代田区民である女優の沢口靖子さんが千代田区のさくらサポーター第1号になった。平成16年は、沢口靖子さんのポスターが役所や区民関連所に張られて知名度を上げていった。
さくらサポーター活動には、桜への関心を幅広く高めるための活動を助成金で支援する仕組みがある。例えば樹木医団体の活動は、桜の樹勢調査などを定期的に開いている。樹木医の指導の下、花咲く直前に、さくらの花目を数えて、生育調査をする。
 私は「さくら遊楽の会」と称するさくら教室を開いている。一番人気は桜染教室で、毎年開いている定番教室で、参加者にリピーターが増えてきたので、桜染以外の内容に変更しよとしたら、千代田区役所の若い担当職員に桜染教室は必ず開いてほしいとの希望があった。次に人気なのはさくら料理教室で、幼い子供を持つ若い女性が多い。その理由を調べると、桜の花びらゼリーがとてもきれいな菓子なので、母子ともに桜を食べてたかったからだ。3番目は桜フラワーアレンジメント教室である。初夏の桜の枝を少しだけわけていただき、桜の実のついた枝を生ける。毎回キャンセル待ちになる教室もあって、性別も問わず、小学生から高齢者まで、親子や姉妹などが参加してくれる。千代田区外在住者も毎回申し込まれており、口コミ情報からの参加者も多い。当初年2回だった体験教室も回を重ねるごとに人気を博し、今は年3回開催、その内容も変化を積み重ねるにつけ、参加者の顔ぶれも変化している。平成16年度からの参加者を数えると延べ400人以上の人がさくら教室に参加していることになる。

さくら美守り隊主力メンバー

 その他、千代田区では名物ボランティアグループがある。サポーターとして桜祭りの期間、千鳥ヶ淵でテントを張り、千鳥ヶ淵緑道のゴミ拾いをしているさくら美守り隊だ。この団体は、桜祭りの期間だけボランティアを募り、気楽に誰でも参加してもらえるようにしている。このボランティアに賛同する千代田区内の企業参加も多くある。毎年この時期だけのボランディアグループは、千代田区民であることを問わず、協力したい気持ちのある人を受け入れており、短時間でも協力できる人はお手伝いをして立ち去る。千代田区にはゴミ焼却炉がないため、日常生活全般で住民たちは環境美化に努めて生活している。
 このグループの活動は、毎年、朝10時から夜10時までの間、桜祭りの期間の10日間、年によっては桜のライトアップが祭りの期間より延長すればその間、ピンクのベストを着て、ゴミ袋をもって、花見客の邪魔にならぬよう、ただひたすらゴミを拾い、細かく分類し、小さくまとめて処理する。その手法も手順も評判よく、ゴミ収集や処分の技法は他の区で講演するほどだ。このグループの主力メンバーは少なく、高齢化が目立っており、桜の頃は夜も寒い中、多くの協力者とともに精力的に活動していることは頭の下がる思いだ。
現在千鳥ヶ淵緑道では、飲食を伴うような商品の販売は規制されている。この緑道でのお花見宴会は禁止だが、ベンチで飲食をしてもゴミは持ち帰えれば良い。さくら美守り隊の活動開始当時は、たくさんのゴミがでて集めるのが大変だったと聞くが、10年が過ぎたいま、千鳥ヶ淵緑道のゴミがほとんどなく、花見のエチケットは確実に浸透している。彼らの地味な活動が、千鳥ヶ淵緑道での花見客のエチケットを変えた。

桜商品の販売から桜を伝える

 千代田区の桜は樹齢50年以上が多く、植樹した頃を知る職員も、時の流れに沿って交代する。だが、桜 を材料として活用し、桜への関心を高めてもらう商品が誕生した。
 千鳥ヶ淵やお濠の桜の手入れで剪定された枝を、加工され桜商品になった。それらは一般社団法人千代田区観光協会によって、毎年千代田さくら祭りで設けられたか3ヵ所の観光案内所で販売されている。これらの情報は、地下鉄や公共の施設などで無料配布されている『桜祭り公式ガイドMAP』の中で紹介されている。

千代田区さくらまつり公式ガイドMAPと桜商品の紹介記事

商品は、剪定された桜で作った携帯ストラップや桜箸は箸カバー付、ぐい飲みなどあって、価格は500円~3,000円と手ごろだ。商品には全て千代田区内の桜で作られている事を記したメッセージが付けられている。これらの商品は、軽くて小さく、そぞろ歩きを楽しむ人に人気で、すぐに売り切れる。
 私も千鳥ヶ淵の桜の枝を原料として桜染めハンカチを平成23年に千代田区観光協会(現一般社団法人千代田区観光協会)と共同で制作した。「千鳥ヶ淵のさくら染ハンカチ」のパッケージには、千鳥ヶ淵の歴史やさくらサポーター活動などについて日本語と英語で記載した。更に千鳥ヶ淵緑道の桜の種類と開花時期を記載した地図も日本語と英語で同封している。パッケージは、そのまま郵便基本料金82円で送れる形状とした。平成23年から売り出したが、4年間で2100枚売れた。
 区の桜を材料として商品化する取り組みは、千代田区役所道路公園課区や千代田区観光協会、民間企業などの連携も良く、さくら再生への活動はますます活発だ。今まではこのようなお土産商品は千代田区内で販売されていなかったから、観光客だけでなく区民にも人気だ。

千代田区の桜事情

 千代田区は、政治や経済の中心である。霞が関や大手企業の本社ビルが立ち並ぶ。皇居をはじめ、観光名所が集中している。しかし、そこは人口6万人が住む町でもある。平日の昼間は82万人のオフィス街であり、中学・高校や大学が密集している。平常でも人口の10倍以上の人が集まる特殊な町といえよう。
 そのような町に、千鳥ヶ淵の桜が咲いたという情報と共に、日本全国から一気に人が集まる。海外在住の日本人や日系人もこの時期に帰国し、外国人観光客の40%は、桜の時期を選んでやってくるといわれる。
更に、昼間は日本武道館では毎年大規模大学の入学式が連日開かれる。入学式の列席者は、式後に千鳥ヶ淵の桜観光や靖国神社へお参りして帰る人が多い。
 夜も日本武道館のコンサートや桜のライトアップで人出は続く。つまり、平日人口の10倍の人々が来る特殊な町に、桜の開花で更にその10倍近い観光客が来る特殊な状態になる。平成25度は、桜祭り10日間で96万人の人出があった。これらの人々の安全を守るための警備をはじめ交通事情など、その対策が必要となる。
 そこで、平成17年に千代田区役所の協力を得て、千代田まちづくり実行委員会が設立された。主に一般社団法人千代田区観光協会、千代田区商店街連合会、東京商工会議所千代田支部、千代田区商工業連合会の4団体が中心となって、異業種との連携、官民との連携、地域との連携をモットーに、千代田区の桜の魅力を外部に発信し、新たなビジネスチャンスの拡大を目標としている。
 千代田まちづくり実行委員会は、平成18年の桜祭りの週末に、千代田区内循環無料シャトルバスの運行を開始した。シャトルバスは、公共バスとルートを異なるため、臨時のバス停が設定される。臨時バス停には、先に述べた4団体の職員やその家族まで支援しており、年々シャトルバスは、利用者の支持を仰ぎ、大好評で、現在は千代田秋祭りにも無料シャトルバスが運航されるようになった。更にバスルートも、千代田区と中央区との連携が誕生した。桜の時期の交通渋滞の緩和だけでなく、地域の店へお客様を誘う仕組みとしても好評だ。
 そして、無料シャトルバスのルートマップや停留場などの詳細は、外部から訪れるお客さまへのおもてなし し情報『千代田さくら祭り公式ガイドMAP』が発行されている。この無料ガイドマップは年々発行部数を増やし、平成26年度は公称25万部発行されている。
 2020年の東京オリンピックを意識し、来年度からは英語の案内記事も加わることになって、益々進化をとげている。
 千代田区内では、役所や企業、ボランティアなどが、さくらに関わるネットワークは年々広がっており、まちの活性化に努めている。

桜のネットワーク商品の誕生

桜クッキー、桜絵葉書、桜お茶セット

 9年にわたるさくらサポーター活動で変わったのは私自身でもあった。自ら提案する桜の多面的魅力を発信することが受け入れられ、自分の活動への手応えを得た。そして、より一層千代田区のさくらサポーター活動を広げるために、所属する千代田区商工業連合会の協力を求めた。
 千代田区商工業連合会は、先に述べた千代田まちづくり実行委員会の構成団体だ。千代田区商工業連合会の協力を得て、平成24年に桜の葉100%のお茶とその茶に浮かせる桜花がセットの「ちよだの舞さくら」を千代田区商工業連合会のオリジナル商品として製造した。この商品に千代田区の桜の歴史や千鳥ヶ淵の風景をパッケージデザインに生かした。全て千代田区商工業連合会の会員たちが作り、その年の千代田区桜祭りでは、会員やその家族の協力の元、500箱販売することができた。
 千代田区役所と同じビル内には、千代田区立障害者支援施設ジョブ・サポート・プラザ・ちよだが、評判の良い桜型に焼いたクッキーを焼いていたので、翌年平成25年に、桜型クッキーと「ちよだの舞さくら」をセット販売することにした。すると一般社団法人千代田区観光協会より千代田区のオリジナル桜風景の絵葉書の提供があって、桜絵葉書付の桜クッキーセット500円が誕生した。
 この商品は桜祭りの頃に販売したら、お土産としても人気があり、500セットはあっという間に売り切れた。この商品の販売は、千代田区商工業連合会会員が無償で販売しており、利益目的で営業されたものではない。これは一般社団法人千代田区観光協会と千代田区商工業連合会、千代田区立障害者支援施設ジョブ・サポート・プラザ・ちよだとの3社共同の初めての商品であって、3社が千代田区の桜をアピールするためのプロモーション商品でもあった。

おわりに

 都会の桜のメンテナンスの難しさは、オフシーズンがないことで、地球規模での異常気象は、突然の大雪や台風で桜を痛める。
 平成26年はさくらサポーターが立ち上がって10年目だ。当初5年だった計画は2倍の10年になり、担当する道路公園課から、これからも桜の手入れを充実させる予定だと聞く。
 しかしながら、さくらサポーターたちの活動をはじめ、千代田まちづくり実行委員会の活動も活発で、その輪もどんどん広がり、官民の連携も深い。区民の高齢化など問題が無いわけではないが、多くの知恵と工夫をする実行力が備わっており、新たな解決の道が生まれるにちがいない。千鳥ヶ淵の桜の魅力を、もっと広く伝えたいと願ってやまない。

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